現場日記

産婦人科医院が出来るまで⑫| 御礼

設計は見えるものを図面として描く。しかし実際の建築は図面に現れない光や風、音、においなど見えないものが行き交う。よって図面を描くときはその見えないものに、どれだけ意識的になれたかが重要である。例えば2階にいる妊婦さんが、陽や風が心地良い時、周囲を気にせず開けられる窓をつけるなら、目隠し壁と日除けの庇、緩衝スペースがあるといいだろう。小さな専用の中庭が寝室に付属することで自然との距離も近づく。雨の日の来院を考えると、産婦人科はどの施設よりもゆったりした軒があるといい。そこでメインのアプローチは雨だけではなく風も防げるよう門型とし、それも街と建築をつなぐ奥行き4m幅2.7m高さ6.8mの中間領域を設けた。スロープは緊急搬送の際にも使用する。患者さんが雨に濡れることなく救急車に乗れるよう木造だが軒は2.3mの片持ちとなっている。階段やスロープが短くなるように敷地高低差2mを1mまで下げたのは利用者さんのことを考えての院長からの要望だった。
いずれも医院建築の本や実例集に書いてあったわけでは無い。この用途に必要と思ったものを1から考えクライアントと相談しながら決めていった。どの様な用途であっても設計はどこまでも気遣いが先行する仕事である。この計画も特に意匠的なデザインは施していないが、利用される方の安心感や心地良さ、利便性など、見えないものを設計しようとすると、見える形が浮かび上がってくる。
学生も読んでくれているので、もう一度言いますが、設計とは人への気遣いを形にすることである。

余談:

2年前の春、コロナが原因で進行中の計画が複数止まった。開業以来の危機のなか一本の電話がかかってきた。未来へとつなぐ細い糸をつたうようにコンペに参加した。あれからウッドショックや色々なことがあったが、いつもお施主さんと関係者の方は温かく受け入れてくれた。施工して頂いた小原木材、担当の柘植さんもとても気配りのきく方だった。現場定例はいつも笑い声が溢れていた。とても幸せなプロジェクトだった。最初にお電話頂いた、羽根北の家のお母さんには御礼の言葉が見つからない。

竣工後この病院で新しい命が産まれたとご連絡を頂いた。色々なご家族の未来がここからつながっていくと思うと感慨深いものがある。建築が人や社会を支えるものだとしたら、建築家は人や社会に支えられている。そう思わずにはいられないプロジェクトだった。関わって頂いたすべての方に御礼申し上げます。

> 吉村医院あさひ産婦人科

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